思い出すのも嫌なのに、

日常のシチュエーションで

昔はこんな目にあったなー
こんなこと言われたなーと
こんな時こう言うやろなーと
否が応にも思い出してしまう。

なので、ここで少しずつ吐き出しておこうかなと。


思えばつきあっている時に、
好きな女性のタイプを聞いたら
俺のことが好きな人
と言っていた。

自分は何もしない、変わらない。
他人が自分に合わせて当然なのだ。
一事が万事、そういう感じ。
思えばあの時見限っていたならと悔やまれる。

家で会話もなかったので
会話をしたいと思って努力していたが、
話すのはお前の仕事だ
俺に何を言えって言うんだ
いちいち仕事の話を一から十まで説明しろって言うんか?
何をしゃべればいいのか分からない

質問されるのが嫌だ  だそうだ。

質問されるのはイヤでも、
こっちもせめて予定が分からないと
困ることがあまりに多く、
予定くらいは教えておいてと頼んだら、
知りたかったら聞けばいい
と言い放った。んあ?

ではカレンダーに書いてと頼んだら
なんで俺がそこまでせないかんのや
だそうだ。

矛盾には気づかないらしい。

そして何度もの説得の末、
メールで数度だけほんの最小限の予定を送ってきた。
それを私がカレンダーに書き込む羽目になった。
が、送るのすら気に入らないらしく、何度も文句を言われた。

そんなだから
私の予定や子どもの予定など
カレンダーに大きく書いてあるにも関わらず
全く知らなかった。
自分の予定にしか興味がなかった。

長男は難しい子だった。
問題を起こしたり、周囲からは異質な目で
見られることばかりで、子育てに悩み続けていた。

そんな時に、もういっぱいいっぱいになって、
もっと長男と向き合って欲しい、と懇願したとき
子どもなんて放っておけばいい
子どもに時間を取られるなんて嫌だ
と言っていた。
何か起こったら私が報告すればいいんだそうだ。

「子ども」じゃなくて「うちの長男」を
見て欲しいんだと言ったが、
意味が分からないようだった。

子どものために出かけるときも嫌々で、
行っても眠いの連発、
寝ているか競馬新聞を読んでいた。



だめだ。思い出していると
吐きそうになってくる。

まだまだあるけれど
これら全てに共通するのは、
俺の何が悪い
であった。

自分は素晴らしい父親だと思っていたのが笑える。

とにかく自分のことを指摘されると
激高する。話が先に進まなくなる。


どっからくるんだその自信。

話し合いというか、説得している時は必ず
なんで俺ばっかり責められないかんのや
そんなに俺のことが嫌なんか
俺のことをナメとんか
もう出ていく

とまず物にあたり、その後出ていこうとした。
私は必ずそこでちゃんと説得した。毎回だ


これが何度も何度も説得やお願いをする度に
繰り返される。

激高しないように言葉を選んで選んで
下手に出て、まわりくどく話さなければならない。
ズバリ言えないので余計に伝わりづらい。

もう話すのもあきらめるようになってくる。



こんな状況で二十年近く幸せ家族に見えるよう
必死に頑張ってきた
ので
もう休ませて欲しかった。

私が頑張るのをやめた時点で
「終わり」だ。予想通り。


私が「怒った」ことが許せないのだ。
そういう人だ。

なんで俺がこんな目に合わないかんのや
だそうだ。

リコンまでの話し合いの中で
家族のために少し気付いてくれるだけでいいのだと
説得しても
家族のために変わる気はない
そうだ。

とにかく何かを言えば逆ギレするので
もうしゃべらないことにした。

そこから
リコンするのに5年かかった。



そして今は思う。


「アホなんか?」





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